第7章:手話音声学および音韻論:対称制約と優位制約

これまでの章で例示した通り、自然言語としての手話の単語には、片手で表現するものもあれば、両手で表現するものもある。両手での手話単語は、手型、位置、動きに関してさまざまな組み合わせが考えられる。そうした組み合わせは完全に任意なのか、組み合わせに関して何らかの制約があるのか、そして他の形よりも好まれる形があるのか。この章では、こうした疑問点について考察する。

バチソン(Battison 1978:204)は、両手を用いるアメリカ手話(ASL)の手話単語は、三つのタイプ(タイプ1、タイプ2、タイプ3)に分類できることを示した。同じ分類は日本手話(および  他の手話言語)にも適用できる。

タイプ1:

  • 両手ともに、同じ動かし方をする。
  • 両手は、互いに触れる場合も、そうでない場合もある。また、話者の身体に触れる場合も、そうでない場合もある。
  • 両手を対称的に動かす場合もあれば、交互に動かす場合もある。
    • 対称的:両手を対称的に動かす動きをする。
      • 日本手話:/学校/  、/元気/ 、/寂しい/ 、     /~と等しい/
    • 交互:両手が同じ動きを交互に行う。
      • 日本手話:/車/ 、 /会社/ 、  /交流/   、 /選挙/

タイプ2:

  • タイプ2の手話単語は、右手と左手の手型は同じであるが、片手だけを動かす。動かす方の手は、利き手(dominant hand)と呼ばれる。動かさない方の手は、非利き手(non-dominant handまたはpassive hand)と呼ばれる。
    • 日本手話:/方法/ 、 /おかず/ 、 /追加する/ 、 /少しずつ/

タイプ3:

  • タイプ3の手話単語は、動かすのは片手だけだが、右手と左手の手型が同じではない。
    • 日本手話:/効果/ 、 /温泉/  、  /理由/

タイプ1の手話単語(両手を動かす手話単語)の場合、バチソンの観察によると、右手と左手の手型および動きは、ほとんどの場合、同じである。事実、右手と左手の動きおよび手型が異なる手話単語を探し出すのはかなり難しい。日本手話の /毎日 / と /遊ぶ/ とを、試しに左手と右手で同時に発話してみるとよい。このふたつの手話単語は、手型も動きも位置も異なっている。

左右の手で同時に異なる動きをするのが難しいことがお分かりいただけたと思う。

アメリカ手話のタイプ1手話単語の観察結果に基づいて、バチソンは、以下に示すような、「対称制約」を提示した(Battison 1978:33-35)。

「対称制約とは、次のことを指す。(a)手話単語の発話時に両手をそれぞれ動かす場合は必ず(b)両手の位置、手型は同じであり、動きもまた、対称的に動かす場合も交互に動かす場合も、同じとなる。また、手の向きは、対称または同一となる。」

「同じ位置」とは、両手が同じ領域内にある、あるいは、右手と左手が左右対称軸のそれぞれの側で鏡像のように左右対称の位置にあることを意味する。また「対称の向き」とは、左右の手の同じ部分(任意の部分)の向きが、その両者を隔てる面を挟んで左右対称となるような向きと定義される。両手を用いる日本手話の手話単語 /休み/ では、右手と左手が、正中矢状面(緑色の破線で示した、体を左半分と右半分に分ける鉛直面)を挟むそれぞれの側にある。また、右手と左手の(親指側)は向かい合わせとなっている。そのため、この手話単語は「対称の向き」と言える。

「同一の向き」とは、体に対する右手の向きと左手の向きが同じであることを意味する。但し、バチソンは右手と左手の互いに   対する向きについては言及していない(Battison 1978:33-35)。「同一の向き」の実例としては、日本手話の手話単語 /テレビ/ が挙げられる。両手の手のひらがともに、話者の体の方を向いている。

タイプ3の手話単語に関し、バチソンは、もうひとつ興味深い    観察結果を報告している。バチソンによると、動かす方の手    (利き手)がとりうる手型について制限はないが、動かない方の手(非利き手)がとりうる手型は、A、S、B、5、G/1、C、Oのいずれかに限られ、例外はほとんどない。このような手型の非   対称性を説明するために、バチソンは、「優位制約」を提唱した(Battison 1978:206)。優位制約とは、次のことを指す。

(a)両手を用いる手話単語において、右手と左手で手型が異なる場合は必ず(b)利き手のみを動かし、他方の手は動かさない。また、(c)動かない方の手型は、A、S、B、5、G/1、C、Oのいずれかに制約される。

実際、対称制約と優位制約に従い、多数の複雑な動きが、手話言語で用いる手話単語から除外されている。右手と左手とで異なる運動を必要とするしぐさは、対称制約により、手話単語として用いられていない。また、右手と左手の手型が異なる手話言語の場合は、優位制約に従い、一方の手を動かさず、その動かさない方の手(非利き手)がとりうる手型を大幅に制約することで、全体的な複雑さが軽減されている(Battison 1978:207)。タイプ3の両手を用いる手話単語の場合、アメリカ手話で使用できる45の手型のうち、非利き手で使ってもよい手型は、わずか7にすぎない。これらの手型は「無標手型」と呼ばれ、他の手型より発話しやすく、ある手話言語の中で、あるいは複数の手話言語において頻繁に用いられ、手話言語を母語として身に付けようとする子供が初期に習得する手型でもある。

対称制約と優位制約は、アメリカ手話の手話語彙を対象として系統立てて説明されたものであるが、これらの制約は、他の手話言語にも広く当てはまるように思われる(Channon 2004)。シャノン(Channon 2004)は、これらのふたつの制約は、複雑すぎる手話単語よりもよりシンプルな手話単語を好む、人間の認知・発話の優先傾向を反映したものであると主張している。

参考文献:

  • Battison, Robbin. 1978. Lexical borrowing in American Sign Language. Silver Spring, MD: Linstok.
  • Channon, Rachel. 2004. The Symmetry and Dominance Condition reconsidered. Proceedings from the Annual Meeting of the Chicago Linguistic Society, Number 1, 45-57.
  • Eccarius, Petra & Diane Brentari. 2007. Symmetry and dominance: A cross-linguistic study of signs and classifier constructions. Lingua 117, 1169-1201.