第16章:手話言語における非手指表現(II)

手話では、統語レベルでNMを用いることで、特定の文型を標示することができる。例としては、Yes-No疑問文、WH疑問文、条件文、否定文、話題化構文などがあげられる(Crasborn 2006, Pfau & Quer 2010)。

例1aは「父は毎週火曜日が休みだ」という平叙文である。 そして、例1bは「父は毎週火曜日が休みですか?」という意味のYes-No疑問文である。

(1a)「父は毎週火曜日が休みだ」

(1b) 「父は毎週火曜日が休みですか?」

例1aと例1bは、使用する手話単語も語順も同じである。 唯一の違いは、例1bが疑問文であることを示す非手指表現(眉を上げる、目を見開く、あごを下げる)である。他の多くの手話言語でもそうであるが、日本手話のYes-No疑問文を示す非手指表現は、必須である。と言うのも、それ以外の部分は平叙文と同じなので、Yes-No疑問文と平叙文とを区別するために必ず必要なのである。Yes-No疑問文であることを示す非手指表現は、手話言語間で非常に似通っていることが多い(Zeshan 2004)。このようなYes-No疑問文特有の非手指表現の使用から、非手指表現と音声言語における韻律(プロソディ)とが比較されるようになった。英語やオランダ語などでは、Yes-No疑問文に特有のイントネーション・パターンがある(Crasborn 2006)。手話言語の非手指表現は、それと同じような機能を果たしている。

日本手話では、WH疑問文も非手指表現によって標示される。しかし、WH疑問文には、Yes-No疑問文とは異なる非手指表現が用いられる。例2a、2b、3a、3bに、四つのWH疑問文を示す。これらのWH疑問文は、眉を上げる、目を見開く、首を小刻みに振ることによって標示される場合もあれば(例2aと例3a)、眉をひそめる、目を細める、首を小刻みに振ることによって標示される場合もある(例2bと例3b)。

(2a) 「あなたの家はどこですか?」
(眉を上げる、目を見開く、首を小刻みに振る)

(2b) 「あなたの家はどこですか?」
(眉をひそめる、目を細める、首を小刻みに振る)

(3a) 「誰が本を買ったのですか?」
(眉を上げる、目を見開く、首を小刻みに振る)

(3b) 「誰が本を買ったのですか?」
(眉をひそめる、目を細める、首を小刻みに振る)

日本手話では、Yes-No疑問文、WH疑問文の非手指表現は必須であるが、香港手話ではWH疑問文の非手指表現は任意で、あってもなくてもよい。WH疑問文における非手指標示の任意性は、他の手話言語でも見られる(Zeshan 2004)。

続いて、条件文では、条件節を表す非手指表現を伴う必要がある。例4では、条件節を提示する間ずっと眉を上げて目を見開き、節の切れ目でうなずくという非手指表現を伴っている。

(4) 「もし明日雨が降ったら、ピクニックは中止だ」

多くの手話言語では、否定文は頭を左右に振る動作によって標示される(Pfau & Quer 2010)。日本手話においても、/いない/、/~ではない(違う)/などの否定文において、頭を左右に振る動作が見られる。一方、/~したことがない/といった文では頭を左右に振る動作は見られない。例5および例6に、異なる否定詞を用いた日本手話の例文を紹介する。

(5) 「私は海外に行ったことがない」

(6) 「私は海外に行ったことがない」

日本手話では、否定を表す非手指表現は必須である。

また、例5および例6の文において、否定詞に先行する手話単語を示す間、眉を上げる非手指表現を伴うこともできる。 この眉を上げるという動作は、否定の範囲を標示する機能を果たしている場合が多い。

話題化構文も、非手指表現により標示される。日本手話では、文の命題(中核的意味)の時間的枠組みや空間的枠組みを提示する場合、文の最初の話題は、眉を上げるという動作によって標示できる(例7および例8)。

(7) 「2年前、中学校を卒業した」

(8)「台湾には、様々な種類の果物があり、 美味しい」

上記両方の例ともに、話題句の直後にイントネーションの切れ目があり、そこでわずかな間(ポーズ)や、全ての非手指表現が変化していることに留意してほしい。

他の手話においても、話題化(文の冒頭への句の移動)には、非手指表現が必要な場合がある。次のアメリカ手話の例では、眉を上げる、頭を傾ける、話題化する語(この場合は、CAT[ネコ])を通常より少し長く保持するといった非手指表現を伴っている。

(9)

         t

CAT      DOG      CHASE

「そのネコは、イヌに追いかけられていた」(アメリカ手話、Liddell 1980: 30)

(「t」は、話題化のための非手指標示を表している。)

本章および前章で取り上げた例は、文法の様々な言語レベルにおいて、非手指表現が文法的に重要な要素であることを示している。

参考文献:

  • Crasborn, Onno. 2006. Nonmanual structures in sign languages. In: Keith Brown (Editor-in-Chief) Encyclopedia of Language & Linguistics, Second Edition, volume 8, pp.668-672. Oxford: Elsevier.
  • Liddell, Scott. 1980. American Sign Language syntax. The Hague: Mouton.
  • Pfau, Roland & Quer, Josep. (2010). Nonmanuals: Their prosodic and grammatical roles. Sign Languages. 381-402. 10.1017/CBO9780511712203.018.
  • Sze, Felix. 2011. Non-manual markings for topic constructions in Hong Kong Sign Language. Sign Language and Linguistic, 14(1), 115-147.
  • Sze, Felix. 2022. From gestures to grammatical non-manuals in sign language: a case study of polar questions and negation in Hong Kong Sign Language. Lingua, 267, 103188.
  • Tang, Gladys. 2006. Questions and Negation in Hong Kong Sign Language. In: Zeshan, Ulrike (ed.), Interrogative and Negative Constructions in Sign Languages. Nijmegen: Ishara Press, 198224.
  • Zeshan, Ulrike. 2004. Interrogative constructions in signed languages: Crosslinguistic perspectives. Language, vol.80(1), 7-39.