第6章:手話音声学および音韻論:ミニマルペア

前述の通り、音声言語の音韻学者は、意味の違いを明らかにするために音をいかに区別して用いるのかなど、音のパターンを解明することに関心を持っている。言語の音韻を分析するためには、まず、単語を互いに区別する役割を果たす最小単位を特定する必要がある。こうした最小単位は音素(phoneme)と呼ばれる。言語によって用いられる音素の数は異なり、その数が11のみという言語から、100以上に及ぶ      言語まである。英語の場合、方言によっても違いがあるが、概ね37から41である。音声言語の音素数の平均は、約30である(Hayes 2009)。

それでは、音韻学者が音声言語において明確に区別して用いられる音素をどうやって特定するかというと、ミニマルペア(最小対)を調べるのである。ミニマルペアとは、一か所だけ異なるが、それ以外は同一のふたつの語を指す。英語の「time[taɪm](時刻)」と「dime[daɪm](10セント硬貨)」の違いは最初の子音のみであるが、ふたつの語はそれぞれ違う意味を持つ。このことから、英語において、/t/と/d/はふたつの明確に異なる音であり、別の音素であることが導き出せる(Hayes 2009)。もう一つ例を挙げてみよう。「tip[tɪp](ヒント、先端)」と「tap[tap](軽くたたく、蛇口)」のふたつの語の違いは母音のみである。母音の[ɪ]と[a]を交換すると異なる語になることから、英語において、/ɪ/と/a/は別の音素と見なせる。

手話言語の音韻学者も同様に、ミニマルペアを手掛かりに、手話言語の音素(手型、位置、動き)を特定することができる。実際に、ストーキーは、自分が提案したモデルの、         手型、位置、動きは全て、アメリカ手話(ASL)におけるミニマルペアを用いて特定した音素だと主張した(ストーキーは初期の著作では、手型、位置、動きを「動素(chereme)」と呼んだが、概念的には「音素」と同じものを指している)。続いて、アメリカ手話(ASL)と日本手話(JSL)に  おけるミニマルペアの実例を示す。

1. ASLおよび日本手話の手話単語のミニマルペア(手型に違いがあるもの):

CAR – ASL (Battison 1978)

/うそ/ – JSL

WHICH – ASL (Battison 1978)

/松/ – JSL

2. ASLおよび日本手話の手話単語のミニマルペア(位置に違いがあるもの):

ONION – ASL

/黄色/ – JSL

APPLE – ASL

/なるほど/ – JSL

3. ASLおよび日本手話の手話単語のミニマルペア(動きに違いがあるもの):

NAME – ASL (Battison 1978)

/仕事/ – JSL

SHORT – ASL (Battison 1978)

/慌てる/ – JSL

バチソン(Battison, 1978)は、手型、位置、動き以外にもASLには、手のひらの向きだけが異なる手話単語もあると論じ、その実例として、CHAIR(いす)とNAME(名前)を挙げた。

NAME – ASL

CHAIR – ASL

こうした理由から、バチソンは、最初の三つの音韻パラメータ(手型、位置、動き)のほかに、手のひらの向きを第四の音韻パラメータとして追加すべきだと提案した。日本手話(JSL)にも、向きに違いがあるミニマルペアもある。

/夜/ – JSL

/なる/ – JSL

近年、非手指動作(手指以外の動作)の違いによってのみ    識別できる、いくつかの手話単語があることが分かった。    非手指動作は、現在では、第五の音韻パラメータとされている。以下は、アメリカ手話の例である。

LATE – ASL

NOT YET – ASL

他の手話言語におけるミニマルペアの特定に関心を持った方は、参考文献(Makaroğlu, Bekar & Arik, 2014およびMorgan, 2017)を参照されたい。

参考文献:

  • Battison, Robbin. 1978. Lexical Borrowing in American Sign Language. Silver Spring, MD: Linstok Press.  
  • Hayes, Bruce. 2009. Introductory Phonology. Wiley-Blackell.
  • Liddell, Scott. and Robert Johnson. 1989. “American Sign Language: The phonological base”. Sign Language Studies 64. 197–277.
  • Makaroğlu, Bahtiyar, İpek Pinar Bekar & Engin Arik. 2014. Evidence for minimal pairs in Turkish Sign Language (TİD). Poznań Studies in Contemporary Linguistics 50(3), 207–230.
  • Morgan, Hope. 2017. The Phonology of Kenyan Sign Language (Southwestern Dialect). Ph.D dissertation, University of California, San Diego.